コソ練の現場から。

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全然わかっていなかった、と気づいてからが本当の練習。

*あとで整える*

今までに出会った人たちのプロセスを見ていると、心や身体をただ眺めることと、それらを「どうにかしよう」とすることの区別がついていない人が、思いのほか多いように感じています。
多くの場合、ご本人に自覚はありません。

その状態に陥ると、言葉で学んだだけで実感のない「知識」が記憶を占拠し、それを巡る無意識の正解争いがはじまります。

どの「学び」が正しいのか。
何が自分に向いているのか。
どれが一番いい方法なのか。
自分にはまだ何かが足りないのではないか。
そんなことを考えながら、方法を捜し歩く。
それは、快適とは程遠い状態だと思われます。

いろいろなセミナーやワークショップ、セッションに通いつめても、目の前の日常生活がちっとも楽にならないのは、この現象です。

 

また、心や身体を見つめるという行為そのものがピンとこない人、思考のみを偏重し、身体の感覚や感情を完全に無視している人も思いのほか多いと感じています。
思考と感情の区別がついていない人も相当数いらっしゃいます。
これらもまた、ご本人に自覚はありません。

こうした状態にあると、日常生活や仕事で決定的に辛いことが起こらない限り、自分の心に目を向けようとはしないでしょう。その結果、自分独自の眼鏡と物差し、自分だけの正しさを無意識のまま信じながら、今までと同じ生活を繰り返していくことになります。もちろん、それが本当の幸せかどうか、問い直す機会はありません。

心や身体を客観的に眺めるコソ練を実践すると、今まで無自覚であったことに気づく瞬間が訪れます。「自分は全然わかっていなかったのだ」とわかってからが、本当の練習です。

■追記・編集ポイント■

心のコソ練は、実践を重ねるたびに、新たな発見があるプログラムです。私自身も、より深い気づきを得るたび、こんなものの見方があったのか!、今までの理解はまだまだ浅かった~と驚きます。それは決して、劣等感にさいなまれるものではなく、嬉しい喜びで満ちあふれる体験です。

そんなふうにして、さらに深く、さらに楽しく取り組んでいけるのがコソ練の面白さだと思います。

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