私は、私自身のことを、愛と信頼の目で見つめることができる。

先週末、毎年恒例・秋の安曇野旅行に行ってきました。この時期はちょうど、紅葉と旬を迎えたりんごが楽しめます。

安曇野は、どこを向いても絵本のような景色が広がっている街で、ただぼんやりと車を走らせているだけで幸せな気分になります。そのうえ、おいしいレストランやカフェがたくさんあって、美術館もたくさんあります。
↓ こちらは安曇野ビンサンチ美術館(→ホームページへ)

さらに、街のそこここに森への入り口があって、いつでも木に囲まれた時間を過ごせます。

私にとってはもう、天国みたいな場所なんです、安曇野は(笑) 
訪れるたび、この場所が好きだなあ…と実感しますが、今回の旅では「好きな理由」がひとつ、腑に落ちた体験がありました。
 

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ちょっと話はそれますがね。
満月に限定5名さまでご提供している満月の個別遠隔ヒーリング(→詳細はこちら)で、ときどき、お子さんのヒーリングをさせていただくことがあるんです。ヒーリングは原則、ご本人からのお申し込みでのみお引き受けしますが、ご本人が申込できない状況にあるときなどは、ご家族からの依頼に対応することもあります。

その子がまだお腹にいるころから、ヒーリングをさせていただく機会もあります。まさに、「あなたが、お母さんのお腹のなかにいるころから知ってるのよ」です(笑)

いずれ、このようにして出会ったお子さんたちと、人間の言葉で話ができる日が来ると思うと、本当に楽しみです。
 

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満月のヒーリングでは、直観でその方のエネルギーを見せていただくわけですが、毎回、言葉では表現できない、幸せな体験をさせていただいています。多くの場合、圧倒的な至福が五感を通して訪れ、「もうホントに大丈夫だわ。なんも心配する必要がない」と確認させられます。

私にできるのは、誰よりもそれを信頼し、私自身が見聞きし体験したエネルギーを丸ごとご本人にお返しすることだけです。

ただでさえ幸せなヒーリングなのですが、相手がお子さんになると、もはや別次元というか…人知を超えたところから大切なことを教わっている気持ちになります。お金をいただいて、こんな素敵な体験をさせてもらえるのですから、ヒーラー稼業はホント、ありがたい。

ヒーリングで見た映像や体験した感覚、みなさんにフィードバックした内容は、私という筒を通して流れる水のようなものです。水が流れ去った後、筒には何も残らないように、みなさんに必要なものをお届けしたら、その内容はきれいさっぱり、私のなかから消え去ることがほとんどです。

一方で、時間が経っても、私の心のなかに宿り、長期間にわたって私を魅了してくれる体験もあります。
 

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そうした体験のひとつが、2年前、お父さまからの依頼でお引き受けした、当時小学校低学年の息子さんへのヒーリングです。

ヒーリング中に見えた映像のなかで、その子はずっと土の地面にしゃがみこんでいました。芽が出たばかりの植物に水をやったり、いろんな葉っぱを眺めたり、せわしなく歩き回っているアリさんたちを観察したり。

遠目から見たら、ただしゃがんでいるだけに見えますが、その子は今、この世界の美しさに心から魅了され、本当に楽しい時間を過ごしているんです。地面に顔をぴったりとつけて、そこでしか見えないものを見、そこでしか聞けない音を聞き、そこにあるにおいや温かさを全身で味わっています。それがもう楽しくて楽しくて、「この世のこと」をやってる場合じゃないんです。

あーーー。
言葉では、私が体験した1%も表現できないことが悔しい。

その子の姿を見ているうちに、その子が体験しているであろう至福が私の身体全体に広がって、感謝の気持ちでいっぱいになりました。そして、つくづく、大人の価値観で子どもを評価することの無意味さを実感しました。
 

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あれから2年。つい先日も、お母さまからのご依頼で、2歳の男の子のヒーリングをさせていただきました。

このときもまた、言葉では表現できない、至福の体験になりました。この子の目には、世界のすべてが美しい虹色の玉に見えていたんです。

大人の目に見えているであろう、怒りや悲しみ、いら立ちですら、この子の目には虹色の玉。一連の映像を見せてもらった後、奇跡のコースでいう「聖霊の知覚」はまさにこれだ!と腑に落ちて、大きな衝撃を受けたのを今でも覚えています。

世間の物差しがこの子をどう表現しようが、関係ない。
この子は絶対大丈夫。
むしろ、この子の生きている境地こそ、すべての人間が心の奥で追い求め、目指している場所なんだ。

言葉が力足らずで悔しいのですが、ただただ心の底から感謝しました。このときほど、奇跡のコースのこの一節が、深く腑に落ちたことはありません。

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きょうだいのことを自分であれこれ解釈しようとするのは愚かなことだ。

聖霊にそのきょうだいを見せてもらい、その人の愛と愛を求める呼びかけの両方を教えてもらうがいい。きょうだいの心にもあなたの心にも、こうした二つの思い以外はなにも抱かれてはいない。

こうしたことが本当だと再認識することこそ奇跡である。

(A Course In Miracles より引用。訳・田中百合子さん)

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私は、なろうと意図してヒーラーになったわけじゃないので、何かあるとすぐ、ヒーラーと名乗るのをやめちゃおうかな、と思ってしまいます。いろんな手垢がついている(ような気がする)肩書だし、事実、いろんな人がいますし、何より、現時点での世間の基準だとわかりにくい仕事だしね。なんでわざわざ面倒な仕事をするんだろう?って思っちゃうんです。

一方で、こうしたお子さんたちのヒーリングのように、ヒーラーじゃなければ見えない世界を見せてもらえると、やっぱり続けよう、と思い直します。ホント、出会ったみなさんに背中を押されながら、続けている仕事です。ありがたい。
 

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…で、今回の安曇野旅行ですわ。

前から行ってみたかった、安曇野ビンサンチ美術館に行く途中、ふいに先のお子さんたちをヒーリングしたときの感覚がフラッシュバックしてきたんです。目の前の世界に広がる世界の美しさに圧倒され、ただただそこに立ち止まって、眺めていたくなる、あの感覚が。

そのときようやく、あの子たちは私自身だったのだ、というシンプルな真実を思い出しました。

私が、あの子たちの姿を、ただただ愛おしく見つめ、100%以上の信頼で見守ったように、私もまた、愛おしく見つめられ、信頼されている。
私は、私自身のことを、愛と信頼の目で見つめることができる。
それを選択できる。

これもまた、ヒーラーをやっていなければできなかった体験だし、『奇跡のコース』に出会っていなければ、できなかった洞察でした。
 

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今思うと、安曇野の森で私は、完全に子どもに戻っているんでしょうね。地面に落ちてる葉っぱとか木の枝とか、平気で見続けていますもん。
↓こういうのが大好き。

安曇野には、こうした葉っぱをアートに仕上げてくれる人たちがいっぱいいます。さきのビンサンチ美術館の北山さんもその一人。

この時期は、足元に星空が見えるので、やめられません。

傍から見ると、ただの落ち葉、ただの森なんですよ。
でも、私にとってはパラダイス。
 

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それにしても。
自分でわざわざ手作業を増やしてしまい(→前回の記事で書きました)、締め切りに対するプレッシャーで半べそかきそうな時期に、こういう体験をぶっこんでくるとは(笑)

聖霊の仕事には、頭が下がります。
私の思考がどう騒ぎ立てようが、続けるべき仕事は続けられて、終わるべき仕事は終わらせてもらえるのだろうな。

小さな信頼を思い出し、一つずつ積み重ねていこうと思います。
コソ練だ!、コソ練!!
 
 


テキストリリース記念合宿を開催する箱根のホテルにも、森に広がる庭園があります。

キンと冷えた冬の森が、私たちを本来のありように戻してくれることもまた、意図しています。合宿の詳細は、こちらからご覧くださいませ。
→2018/12/13(木)~15(土)『心のコソ練 で幸せに働く』リリース記念合宿セミナーのご案内

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